雨が降るとは聞いていたが、
まさかこんなに激しく降るとは。
シャッターの閉まった店の軒先で、俺は使えなくなった傘を持て余していた。
ここ最近の暖かさもあってか、今日も薄着で出掛けてしまったため、雨も手伝って肌寒く感じる。
新しく出来たケーキ屋の初夏限定プリンがすげぇ美味だと聞いた俺は、
これから降るといわれた雨もお構いなしに出掛け、無事に戦利品は手にしたものの…このザマだ。
へくちっ!とクシャミをし、風で壊れた傘を睨む。
思わず呟く。
やっぱり100均で買った傘はもたねぇな…。
「でも、高い傘が壊れるよりはいいと思いますよ」
予期せぬ返事に俺の体がビクッと跳ねた。
そして、プリンの入った箱を
落としそうになる。
「大丈夫ですか?」
俺の慌てっふりに、声をかけてきた女性も慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫っスよ!!」
苦笑しつつ、箱をしっかり持つ。
ってか、いつからいたんだ!?え?知り合い?や、こんな可愛いねーちゃんなら俺が忘れるわけはねぇし…。
そんな俺の疑問を察してか、俺と同じ位の年齢に見えるねーちゃんは落ち着いた笑みを浮かべる。
「突然こんなに振り出すとは思わなかったです。私も、傘が壊れちゃいまして。
さっきからしばらく雨が止むのを待ってるのですが…なかなか止みそうもありませんね」
苦笑しつつ、彼女は手に持つ折りたたみ傘を俺に見せた。
俺の傘とは明らかに違う、綺麗で、高そうな傘。
ってか、先に居たのか!?
軒先もそう広いわけじゃねぇのに、なぜ気付かない俺!?
「
お気に入りの傘だったのに…」
「残念、っスね…」
もっと気の利いたこと言えよ俺!!!
ここでな、俺がちょっとした上着とか着てたらよ、
「お嬢さん、これを」と彼女に渡して、俺が雨の中飛び出し、
残された壊れた折りたたみ傘から俺の身元が判明、
実は大富豪のお嬢様だった彼女がたくさんの御礼を持ってくるが当然のことながら俺は拒否。
俺に金を使う位なら、この間の大事そうに持っていた傘を直してください…
「だ、大丈夫ですか?」
無言の俺に彼女が声をかける。
「す、すんません!今日の俺、Tシャツ一枚で!」
「…は?」
彼女の好感度が下がる音が聞こえた気がする…
(下がりようはない気もするが)
クス、と彼女が笑った。
「そのままじゃ、寒くありませんか?」
え?と俺が声を返す間もなく、彼女が俺にハンカチを差し出す。
俺の両手が塞がってるのを見、
「あ。私、持ってますから」
と、プリンの入った箱を鮮やかに手にした。俺、なすがまま。
そして、彼女が自分の頭を指差し
「拭いてください。また風邪、ひいてしまいますから」
そう微笑む。
俺の心臓がズギャン!と音を立てたのがわかった。
好感度下がってねぇ!
…という安心感…ではなく、
なんというか、こう、久しぶりの甘酸っぱい感じ。
「あ、ありがとうございまス…」
素直にハンカチを借りてしまった。
自分でも赤面してんだろうな、とわかる。
肌寒いのに、顔は暑ぃ。
頭を拭いちゃうのも悪い気がし、ささっと顔の雫を拭き、
「えと、あの、ハンカチは洗って返すからさ。
よかったら連絡先〜」
「あ!空が明るくなってきました!」
彼女がニッコリと微笑み、空を指差す。
「マジで!?」
さっきまでの暗さはなんだったんだ?と思う程の、爽やかで暖かな日差し。
「よかった…あ、お返ししますね」
箱を俺に渡す。
「あ、すまね。」
「ハンカチ、差し上げますよ」
「え?そんな、悪いって!」
すんません、連絡先が知りたいんです。
また、会いたいんスよ。
俺の心はそう叫ぶ。
「そのハンカチ…元は私のものじゃないですから。
雨も止みましたし、私、行きますね。」
そう微笑んだ彼女は、壊れた傘を手に、俺を残し駆け出した。
呆気にとられていた俺は無意識に言葉を発していた。
「走っちゃ危ない!」
自分でもビックリする程、大きな声で。
彼女はピタリと止まり、振り返る。
「ありがとうございました。大丈夫です、もう」
そう言うと、彼女はゆっくりとした歩調で角を曲がり、姿が見えなくなった。
なんで俺あんなに叫んだんだろ?
あー、てかやっぱり、また会いたい!
数秒遅れて猛ダッシュで彼女の後を追う。
しかし、角を曲がっても、彼女の姿は見えなかった。
速ぇな、足…。
連絡先は書いてないものか…とハンカチを見る。
お世辞にも綺麗とは形容しがたい文字で『あすか』と書かれていた。
…。
そういえば、なんで「また」風邪ひいちゃう、と言われたのだろう。
確かに公言はしたが、知らん子が知ってるほど、俺有名じゃねぇし。
そういえば、なんで彼女は体が濡れていなかったんだろう。
そういえば…
鮮明ではない、
子供の頃の記憶を思い出す。
俺は育ての親に頼まれた
買い物の帰り、雨に降られた。
小さい体に大人ものの傘。
吹き飛ばされそうになった。
俺はひとまず雨の勢いが納まるのを店の軒先で待った。
俺と同じ位の少女が駆け込んで来た。
随分と、立派な傘を持っていた。
いいとこの娘かな、と俺のボロイ傘と見比べて思ったのを覚えている。
びしょ濡れの彼女がくしゃみをした。
俺は、持っていたハンカチを彼女に渡して、駆け出した。
…気恥ずかしかったんだよなぁ…。
帰宅し、
ノートパソコンを開く。
パソコンのお陰で、世界は狭くなったし、
俺の覚えていない過去も、鮮明になった。
俺はまた、あの軒先に戻った。
勿論誰も居ない。
あの日、俺を追い掛けて事故にあってしまった少女。
生きていれば俺と同じ年の少女。
怨まれても仕方ない位なのに、それでも俺を心配してくれた。
優しい子だったんだなぁ…
俺は、買ってきたプリンを一つ軒先に置いた。
ありがとう
すっかり晴れ渡った空から、彼女の声が聞こえた気がした。